重力には逆らえないもの。


 卒業式。卒業式だってよ。卒業式。
 三年前、受験戦争で勝ち取った合格を胸に、意気揚々と第一歩を踏み出したことを思い出す。

 ここまで来るのは長かったけど、振り返ってみると一瞬だな。

 思い出はたくさんある。文化祭、体育祭、修学旅行、毎日の部活、授業。でも、どれもこれもぼんやりとした輪郭しか持たない。あんなに楽しくて、絶対に忘れないわこれ、と思ったことも、忘れたことすら忘れている。と思った今も、記憶から思い出に変わる日が来るのだろう。

 さびしいねー。

 物理が徹底的に苦手な私が、大学では物理学を志すにした理由は、負けず嫌い。物理は苦手なだけで好きだったし、面白かった。模試の成績はいつも物理が邪魔くさかったけど、必死で頑張った。三年前、受験戦争で勝ち取った合格を、私はまた手にしていた。

 物理だけが、彼との繋がりだったしね。

 二年生のとき、私が取っていた物理Iのクラスを担当していたあの人。毎回毎回クラスで最下位を取り続ける私を、いつも気にかけてくれていた。テスト前は一週間ずっと放課後の補習を私のためだけにしてくれた。私が理解するまで、ずっとついててくれた。気付いたら外が真っ暗になっていた日もあった。駅まで送ってもらった帰り道に、奥さんが心配するね、と、ありがとうを伝えたら、俺独身だもん、彼女もいないし、と無邪気に笑った彼を見て、どこかでカチッと音が鳴った。今思うとあの音は、恋の合図だった。

 一年前、彼が遠くへ引っ越すことを知って、私は泣いた。引きとめるとか、告白するとか、物理が相変わらず苦手な私には、どうしてもできなかった。恋にはこれで解けるという法則がない。

 だから私は、さようならは意地でも言ってなんかやらないとわらった。卒業式で、三年で物理IIを取ることにした私に、他はできるのに物理で落第したら惜しいぞーと、嬉しそうに笑いながら言う彼を見て、私も笑った。


(20080303)

(c) リラと満月