STRB06


 なんでもかんでも決めつけるにはまだ早い気もした。まだ読んでいない本はいっぱいある。書ききれていないことも山ほどある。出会っていない人もたくさんいる。知識もなく、経験もなく、薄っぺらい過去のまま死ににいくのには、まだ早い気もした。
 夜は青く、それから白んでいく。白み始めた空を眺めるときの絶望と罪悪感。思考回路が曖昧な信号を送る。言葉が形となって出てきても、そこに意味をなさない。窓の向こう側にいる自分と目をあわせる。その死んでいること。生きていないこと。生命力がなくても人々は起き出し、騒音と不快感を生み始める。これから終わりに向かうというのに、世界は何も変わらない。

 この部屋がプラネタリウムだったらいいのにと思った。真っ白な壁。背の高い家具がない部屋。枕を使わないでベッドに寝転がる私。適当な場所にプラネタリウムのあれを置いて、照明を消す。真っ暗闇の世界が美しくロマンチックに変わる。それを見て眠る。朝起きたらあれをしまう。そういう過程があるだけで、夜は罪深くなるように思う。罪深いからこそ憧れは強まる。誰も止められない。浮かぶように沈んでいくこと。闇の中に光を見ること。想像の範疇でしかない世界の外側を仮想すること。
 一歩踏み込んでしまった。もう引き下がれない。

 目が見えない。耳が聞こえない。鼻が利かない。口が利けない。手が使えない。足が使えない。息ができない。血が通わない。なにも感じない。

 見当たらないそれが全てならどうすればいいかって、季節外れの桜が写る絵はがきに果たして意味はあるだろうか? 書いたはずの宛名も消えてしまったんだから捨てようとは思わないか。君にはもう誰もいないのだ。

 鞄をひったくられた。中には、財布、定期券、iPod、昨日締切の課題(お情けで今日までにしてもらった)。財布も定期もiPodもそうだし、課題のことを思うと、人生終わったな、と感じる。崩れ去って、脳の許容範囲を超えて、犯人を追いかける気も、警察に連絡することも、誰かに助けを求めることも、できなかった。寝転がった。

 電車はもう行ってしまった。昔買った自転車は盗まれたあと、壊れて見つかった。君のところは歩いていくのに遠すぎる。私はまだ君を忘れられない。

 喜べ! もうなにも勉強しなくていいんだ。この星は滅びゆく一方だから、どんなにいい成績を取ってもどんなに偉大な功績を残そうともどんなに素晴らしい賞を取ろうとも、結局あとには残らないことを世界は認めたんだ。ちょうどいい、僕はもう勉強に嫌気がさしていたんだ。人間だけじゃなくて地球まで限りがあるなら、もっと享楽的に生きたっていいじゃないか。自分も他人も殺さないだけ。

 雨が好きだと君が言った。
「悲しみを押し隠して誰にも見られることがないから」

 世界中から笑い声が消えた。人々が面白く思うものは全て高度な技術を伴うものとなり、それなりの環境や並外れた鍛錬を必要とした。低俗な笑いをする者は蔑み罵られた。誰も心から笑うことはなくなった。


(20080821)