「年齢差をセンチメートルに直すとどれくらいでしょうか」


 たいした興味はなかった。だって俺は高校生だったし、クラスにも部活仲間にも、地元にだって同年代の女友達は居た。その数が多いか少ないかと問われたら、どっちかっていうと多いんじゃないかってくらい。世の17歳男子にいる女友達の平均数なんか、知らないし。

 その女友達の中から、何人か付き合ったこともある。告白されたこともあれば、告白したこともある。好きになられるのは苦手なわりに好きになると一直線で、付き合っても振られてばかりだった。いつも「重い」の一言で片付けられた。

 重い、想い。

 くだらない韻を踏んで、あーあ、もうすぐバレンタインじゃん、と思い出した。義理チョコをくれる女友達はいても、靴箱にこっそりとか、放課後の呼び出しとか、そういう甘いエピソードには巡り逢えそうもない。……付き合ってる彼女、いるけど。

 彼女は担任ではなかった。俺の苦手で最も嫌いな数学を担当していた。この学校では珍しい数学の女教師。公式な年齢は知らないが、わりかし若いこともあって、今までたばこで煙たかった数学の授業は一瞬で華やいだ、とクラスメイトの斉藤が言っていた。数学のクラスはレベル別に分けられていて、彼女は一番上のクラスを持っていた。男子の成績は彼女の赴任前より格段に上がったと聞く。

 いいよな、斉藤は。一番上のクラスで。

 彼女には興味はなかったが、美人の女教師というのは興味があった。ほとんど毎日ある数学の授業、彼女が教えてくれるならどんなに輝きを持つことだろう。
 それに比べて俺は下から二番目。女子にはそれなりに定評のある、優男風な教師のクラス。彼のことは別に嫌いではないし、教えかたもいいと思うが、なんとなく、やっぱり違うなあと思う。なにがやっぱり違うのかは、わからない。

 彼女が赴任してから一度しかクラスは上がったことはないし、その上がったクラスも彼女のクラスからは遠いし、結局前のクラスに出戻った。俺はきっと、彼女に名前どころか顔すら知ってもらえないまま高校生活を終えるんだろう。来年、数学取るつもりないし。

 たいした興味はなかった。だって俺は高校生だったし、付き合っている一個下の女の子もいた。彼女のことはかわいいと思うし、好きだった。だから、いつもなんとなく思い出すあの女教師のことは、ただ単に珍しい生き物を見ているような気持ちだと思っていた。
「年齢差をセンチメートルに直すとどれくらいでしょうか。ひとつにつき、10センチメートルぐらいでしょうか。きっと、もっとあるという人が、この中にいるかもしれません。その距離に絶望したとき、彼らの幸せな表情を思い出して下さい。130センチメートル以上あったであろうその距離が、今はこんなにも縮んでいます」


(20080303)

(c) リラと満月