「それ、がおーって感じね」

 桜庭ローラと香澄真昼は行き詰まりを感じていた。
 真昼の姉である香澄夜空の進言を受けて、S4決定戦を前に、ふたりでユニットを組んでライブステージをやることになった。一回のステージは何時間ものレッスンより価値がある、夜空はそう言っていた。夜空は押しも押されもせぬ人気のスーパーモデルである。人一倍レッスンを積んできたからこそ今の成功があった。まだまだ伸びていくだろう。ローラと真昼はそれを知っていた。ふたりもアイカツしているから、どれほどの価値があることなのかもわかっていた。夜空の言葉は、経験に裏打ちされた説得力のあるものだった。それだけ重みを持ってふたりの心を響かせた。ふたりはすぐにでもステージに立ちたくなった。
 ローラと真昼は所属する組が違う。ローラは歌組で、真昼は美組だった。目指すべきアイドルのかたちがそれぞれ違うということである。通っていく道も違う。ふたりとも実力も経験も自信もあり、個性はトップアイドルに十分値するものだった。ユニットを組むというアイディアは、ふたりのアイカツを繋ぐ点になった。

 ローラと真昼は図書室で顔を突き合わせていた。ステージを成功させるべく、大量の資料を積み上げて、しかめっ面でうんうんと唸っていた。
 決めることがたくさんあった。衣装、ステージ構成、曲目。ふたりでやるからにはふたりでしかできないことをやりたかった。他の誰にも真似できない化学反応を起こしたかった。ふたりの個性はまったく違うものだが、理想が常に目標になるところは同じだった。理想の高さがふたりの長所であったが、ときには短所にもなった。理想と実力の差が、いつもついてまわっていた。
 ローラは考えていた。夜空先輩の言っていたことは正しい。百のレッスンより一のステージだと思う。レッスンをなまけてはいけないけれど、ステージに立たなければなにも始まらない。ステージはゴールではない。ステージに出ることで、やっとスタートラインに立てるんだ。今は真昼とスタートラインを目指しているところ。でも、ふたりで揃ってスタートラインを目指すのは難しい。スタートラインが同じ場所とは限らないから。
 真昼も考えていた。お姉ちゃんが言っていたことはもっともだ。桁違いのレッスンをこなしているお姉ちゃん、レッスンを欠かしたことのないお姉ちゃん。お姉ちゃんがそれを自慢することはなかった。レッスンはステージに立つための大前提だから。積み重ねたレッスンではなく、ステージに立つことを誇っていた。
 ローラはお姉ちゃんの言葉をどう思っているんだろう、そう思って真昼はふと顔を上げた。机の上には本の山、その隙間を縫うように書類やメモ書きが散乱している。衣装や楽曲の候補の間に、ペンを持て余したローラが落書きしていた。全身もこもこの毛、顔のまわりには立派なたてがみ、堂々とした立ち姿、凛とした佇まい、かわいらしい顔つき、そんな風に見えた。これは。
 「それ、『がおー』って感じね」
 「がおー?」

 ローラは少し驚いた。無意識に描いていた。ステージ案に行き詰まってペンは進まなかったが、ステージへの情熱はありあまっていた。それで手を動かしていたのか。いや、そうだとしてもなぜ。
 真昼が身振り手振りをつけて話し始めた。
 「からだがこーんなに大きくて、口もぱかーんって縦にあいて、基本的に二足歩行だけど四足歩行もする、一見こわそうだけど強くて、つぶらな瞳にまるみのあるフォルムでちびっこに人気、『がおー』」
 「知ってるわ」
 大げさなジェスチャーで話す真昼は、表情も豊かだった。モデルだけあって、身体や表情での表現力に長けていた。長時間机に向かっていたこともあり、一日の運動量を取り返さんばかりの大きな動きだった。それでいて所作のひとつひとつが美しい。「がおー」の手つきも指先まで神経が行き届いていた。バレエとヒップホップダンスが融合したような繊細さと大胆さだった。色白の手がまぶしい。
 ローラは真昼を見つめていた。真昼の一挙手一投足を見逃せない気がしていた。『がおー』なんて真昼の口から出てくるとは思わなかった。姉の夜空に追いつけ追いこせの真昼だから、ちびっこに人気なものにはうといくらいだと思っていた。それに。
 「これ、ネコなんだけど」
 今度は真昼が驚いた。

 笑い声が聞こえてきた。聞き慣れた声だったから、虹野ゆめはその声のもとに行ってみることにした。ローラと真昼がお腹を抱えて笑っていた。ふたりの目には涙が滲んでいるほどだった。
 ふたりがゆめに気づいた。
 「ゆめ! 聞いてよ。真昼ったらこれが『がおー』に見えるって言うのよ」
 「ゆめも見てよ! これはネコに見えないでしょ。どう見たって『がおー』よ」
 ゆめはふたりの言葉を聞いて混乱した。『がおー』とネコは似ても似つかない。『がおー』はからだが大きくて、口は縦にあいて、基本的に二足歩行だけど四足歩行もする、一見こわそうだけど強くて、つぶらな瞳にまるみのあるフォルムでちびっこに人気である。つぶらな瞳にまるみのあるフォルムは同じだが、大きさが全く違うから受ける印象も全然違う。『がおー』はナントカ星から来た正体不明の宇宙動物という設定のゆるキャラだった。恰幅のいい大人の男性よりも大きいくらいの背格好だった。
 「全身もこもこしてるし、たてがみもあるでしょ。立ち姿は堂々としていて凛とした佇まいがかっこいい。それでいてかわいらしい顔つきなんだから、これは絶対『がおー』よ」
 「ネコよ。このあいだ学園で見かけたネコを描いたの。ネコじゃらしで遊んだのよ。ネコを『がおー』と間違えるなんて………おもしろいじゃない!」
 ゆめもおもしろくなってきて、ふたりにまざってネコと『がおー』を描いた。結構難しくて、三人で笑いあった。


(170430)

アイカツスターズ!から、桜庭ローラさんと香澄真昼さんの会話を書きたくて