迷子の迷子のあかりちゃん

 氷上スミレと新条ひなきは大空あかりを探していた。

 この日の午後は久し振りにルミナスの三人が揃ってオフだった。あかりがキャスターを務めている天気予報コーナー『大空お天気』の収録が終わってから、三人は合流した。
 ルミナスとして忙しくている三人。ほとんど毎日学園や仕事で顔を合わせてはいたが、揃ってのオフは珍しかった。せっかくだし、みんなで日帰り温泉旅行でもしようか、猿窪温泉がいいかな、おいしいケーキ屋さんめぐりもいいよね、駅前にかわいいカフェがオープンしたんだよ、とか盛り上がっていた。どこへ行こうかと話していくうちに、新しくできた大きなショッピングモールへ行くことに決まった。三人ともファッションに強いこだわりがあった。あかりはドリーミークラウン、スミレはロリゴシック、ひなきはヴィヴィッドキスが好きだった。どれも個性が違う。ショッピングモールならお互いの感性が刺激し合えるね、なんて言っていたが、単にごく普通のお買い物を三人でするのが楽しみだった。

 大空あかりは途方に暮れていた。アイカツフォンルックの充電が切れていた。どうしよう、こんなときに。昨日の夜、ドリーミークラウンのデザイナーである瀬名翼と電話で話し込んだのだった。へえ、明日はショッピングモールへ行くのか、楽しんでこいよ、翼はそう言っていた。そのまま、充電するのを忘れて眠ってしまったのだった。あかりは電池の残量に気づかず『大空お天気』へ出かけた。ふたりと合流するまでは問題なかった。はぐれて、連絡をとろうとした瞬間に充電がなくなった。
 仕方がないので、歩いてふたりを探すことにした。きっと心配させてる。初めて来たところだから勝手がわからなくて、同じところを何度も通ってしまう。カップルや家族連れが多かった。女の子同士で連れだっている子たちもいる。似たような年頃の女の子ふたり組を見かけるとすぐに追いかけたが、みんなスミレとひなきではなかった。そのうち歩き疲れてきてしまった。空いているベンチを見つけて、ふらふらと腰かけた。
 今日のお空はどんな空? 大空あかりです。今日のお天気は………晴れ! 快晴です! 気温は上がって夏日になりそうですが、空気が乾燥しているのでからっと過ごしやすい一日になりそうです。お出かけ日和でしょう。
 今朝自分で言った天気予報を思い出す。天気がいい。今は午後になって気温も上がってきている。空気が乾燥しているから過ごしやすい。歩きまわって少しほてった身体を、まだ夏になりきらない空気が冷ましていく。
 あーあ、せっかく三人揃ってのオフなのに。わたしが台無しにしちゃった。
 朝が早かったのもあいまって、疲労とベンチの心地よさにまどろんできた。
 夢を見た。

 小さいころ、父親とショッピングモールへ出かけて迷子になったことがあった。あかりの父親はなにかに夢中になると周りが見えなくなる性分だった。父親は地質学者だから、土のことになると特に熱心になって話が止まらなくなる。あかり自身は、土について父親ほど詳しくはない。でも、夢中になると周りが見えなくなるところは父親からしっかりと受け継いでいた。ショッピングモールの華やかさはあかりを夢中にさせた。
 幼いあかりは、気のおもむくままに歩いていた。こっちの洋服、あっちのアクセサリー、どれもこれもあかりを魅了して離さなかった。かわいい、きれい。ねえお父さん、と横にいる父親に話しかけたつもりだった。いつの間にか父親の手は離していた。お父さんはどこ?
 あかりは一気に現実へ引き戻された。お父さんがいない。幼いあかりにとって、お城の舞踏会場のようだったショッピングモールが、壁の迫ってくる巨大な迷路と化した。お父さんは、どこ?

 「迷子?」
 いよいよ泣きそうになったところで、後ろから男の人の声が降ってきた。あかりは立ち止まって振り返った。
 「わ、泣きそうじゃん。迷子?」
 “その人”はあかりに目線を合わせるためにしゃがんでから訊ねた。振り返ったあかりの目に涙が溜まっているのを見て一瞬うろたえたが、すぐに余裕を取り戻した。巨大な迷路に呑み込まれそうだったあかりは、“その人”を見てひと筋の光が差してきたような心地がした。泣くのは我慢して、こくんとうなずいた。
 「そうか。じゃあ、迷子センターに行こう。名前は?」
 あかりは小さな手を託した。

 “その人”はあかりの五つか六つくらい歳上のように見えた。大人ではなかったが、子供にとっての五つや六つの差は大きかった。迷子という状況もあって、とてつもなく頼れる存在だった。
 “その人”はおもしろい話をしてくれた。

 「山の上に大きなお屋敷があるんだ。崖が切り立ってて、森が鬱蒼と生い茂ってる。行くのは大変だけど、行ってみると見晴らしがよくて町も一望できるんだ。空気もおいしい。そこでドレスを作ってる人がいる。その人の作るドレスはどれもかわいくて、きれいなんだ。あのブランドのドレスを着た女の子たちはみんな笑顔になる。ブランドはたくさんあるけど、あそこは超一流だ。ドレス単体でも輝いてるけど、着た女の子はもっと輝くから。女の子たちはキラキラのドレスでキラキラに輝きたいんだ。そんな夢をあの人は見せてくれて、叶え続けてる。すごいだろ。俺もいつか、ああいう風に人を輝かせる服を作りたいんだ」
 ほら、あの子も着てる、と言って“その人”が向けた視線の先に、ピンク色の服を着てウィンドウショッピングをしている女の子がいた。ショーウィンドウに飾られたドレスを見て、顔をうっとりさせている。
 「都会は嫌いじゃない。たくさん人がいて、たくさんのものがひしめき合ってる。そういうところで刺激を受けるのもいいと思う。だけど俺は、自然の中でゆっくり考えるほうが好きだな。服も染料も今は工場で量産できるけど、もとは自然の恵みだから。量産品が悪いわけじゃないんだ。ただ俺は、自然がくれるものと向き合ってその個性を最大限に活かせたら、着る人の個性と合わさってものすごい輝きを生み出せると思うんだ。ものすごい、な」
 “その人”は空を仰いだ。吹き抜けの天井は全面ガラス張りで、太陽の光が射し込んでいた。
 「ミューズっていうのがいるんだ。神話に出てくる女神のことなんだけど、ブランドにも女神がいて、同じようにミューズって呼ぶ。ミューズはブランドの顔なんだ。ブランドの魅力を引き出してくれる。ミューズは、服を着るだけじゃだめだ。ただポーズをとるだけでもだめ。デザイナーの想像力を、創造力を突き動かさなきゃならない。ミューズがブランドを作ってるといっても過言ではないくらい、重要な存在だ。俺が将来立ち上げるつもりのブランドにもミューズが必要になってくると思う。でもミューズはそうそう見つかるものじゃないんだ。一生かかっても出逢えないかもしれない。だけどそこに、ミューズに、賭けたいことがあるから。出逢えたら奇跡かもしれないな」
 “その人”はそう言って、まだ見ぬミューズを目の前にしているような表情になった。

 “その人”は大人びていて、あまり喋らないように見えた。気難しくて、考えることが多そうな人だなという印象だった。ただ、自分も子供だろうに子供の扱いに慣れているような感じもあった。“その人”の話は、小さなあかりにとって少し難しいものだった。でも不思議と飽きなくて、楽しかった。ときどき見上げた横顔がキラキラと輝いていた。

 「あの、この子迷子みたいで連れてきたんですけど」
 ふたりは迷子センターに着いた。ショッピングモールの制服を着たお姉さんがカウンターにいる。“その人”がお姉さんと二言三言やりとりをしたあと、あかりの頭をなでた。
 「このお姉さんに、名前言って」
 あかりは迷子センターのお姉さんに名前を告げ、カウンターの向こう側へ行った。そこには子供用に遊べるスペースが設けられていた。おもちゃがいくつかあって、あかりは目移りした。すっかり気が抜けてしまって遊びたくなったが、“その人”にお礼を言わなきゃと思い直して振り返った。ありがとう、と言いかけて、“その人”は既に立ち去っていることに気がついた。

 「あかりちゃん」
 目が覚めると、隣にスミレとひなきがいた。
 「あかりちゃん、起きた?」
 「あかりちゃん起きた! よかったー!」
 ふたりの笑顔が目の前にある。頭がぼうっとしていて、夢の続きのように見えた。
 「あれ、わたし、寝てた?」
 あかりは眠い目をこすった。そうだ、ふたりを探してるうちに歩き疲れて寝ちゃったんだ。
 「寝てたよー」
 「ぐっすりね」
 「びっくりしたぞ、いつの間にかいなくなってるから。電話したけど繋がらなかったし」
 「歩いて探すしかないねってふたりで探したの。そしたら寝てるあかりちゃんを見つけて」
 「二度目のびっくり! でも朝早くて眠くなっちゃったんだろうねって」
 「お店めぐりも結構体力使うからね」
 「だから今度は猿窪温泉に行くぞー!」

 ふたりの会話を聞きながら、あかりはまだ夢心地でいた。
 “その人”の顔はもう思い出せない。きっとこの先思い出すこともない。だけど耳に残るあの声、幼かった少年のあの声は。繋いだ手の温もりが、ドリーミークラウンのドレスを着たときの安心感と似ているのは。

 「見つけてくれてありがとう」
 ふたりがあかりの顔を見た。
 「もう迷子にはならないよ」
 あかりは、ふたりの顔を交互に見つめて言った。

 「さあ! オフはまだまだこれからだよ!」
 「ふふ、あかりちゃん元気になった」
 「あかりちゃんは元気なのが一番だね!」
 三人のオフの続きが、ショッピングモールで始まった。


(20170513)

アイカツ!から、大空あかりさんをめぐる運命の輪はこんな感じだろうなあと思って