正しい夏
「いいアイディアがあるわ」桜庭ローラが息を巻いて言った。ピンク色のポニーテールが揺れた。
香澄真昼は動揺することなく続きを待った。
「アイスを買いにいくの」
猛暑日が続いていた。ニュースでは熱中症患者が病院に搬送されたとか、熱中症対策には万全を尽くしてとか、そういう話を連日流していた。夏は毎年来るのに、去年はどうして過ごしていたか忘れている。早く夏になればいいのにと思っていた半年前の冬も、どう乗り越えたか忘れた。四ツ星学園の建物内は四季を通じて適切な温度と湿度に保たれていた。この夏も快適な気温で、屋外でのアイカツから帰ってくると汗はすぐに引いていった。
真昼は冷房のつくる人工的な冷気が苦手だった。冷たいものは美容によくないのよ、真昼の姉である夜空がそう言っていた。どんなに暑い日でも、夜空は氷の入った飲みものをとらなかった。一緒に入ったカフェでも、お冷は常温の水に変えてくださいと店員さんに頼んでいた。じゃあわたしのも、とつられて言っていくうちに、冷たいものをとることへの罪悪感が芽生えてきた。常に持ち歩いているマグボトルに入っているのも、真夏であろうと常温だった。しかしそうも言っていられないほどに毎日毎日、暑かった。
「おもしろいじゃない」
真昼はローラの口癖を真似して、提案に乗った。
今日の分のアイカツは終えて、次の仕事までに少し時間があるところだった。ふたりは私服に着替えた。たいていちょっとした変装をするところだが、今日は冒険よ、アイスを買いにいくんだから、と興奮したローラの思いつきで、街でファンに気づかれることなど一切気にしない格好にした。
真昼はオーバーサイズの白いTシャツにデニムのショートパンツ、横にラインの入ったソックスにハイカットスニーカーを合わせた。髪はラフにまとめて、かぶったキャップのホックから垂らした。真昼のロングヘアとTシャツにあしらわれたロマンスキスのワンポイントロゴが、全体的にボーイッシュな印象のコーディネートとバランスよくマッチしていた。
ローラもデニムのショートパンツを選んでいた。トップスは白いノースリーブブラウスで、少しヒールのあるカットワークサンダルを合わせていた。普段と違う淡いブルーのシュシュが、ローラのポニーテールをいっそう輝かせた。
私服に着替えて顔を合わせたふたりはどちらからともなく笑った。
「全体の色味が似てるわね」
「双子コーデかな」
「リンクコーデじゃない?」
「そうかも」
「日焼け止めは塗り直した?」
「もちろん!」
意気揚々と四ツ星学園を飛び出したふたりは、早くも真夏の蒸し暑さにバテ始めていた。毎日アイカツしていても、気候にはなかなか対応できない。
「ローラがアイスを買いにいくって言うから、てっきりお店のリサーチは済んでるのかと思ってたわよ」
「夏だからアイスはどこでも売ってると思ってたのよ。見通しが甘かったわ」
連日の猛暑日でどこもアイスの製造が追いついていないらしい。お店の値札には完売の文字が軒並みおどっていた。一軒ならまだしも、二軒三軒と続くと、ふたりの士気はみるみる落ちていく。
陽炎か、行く先にもやがかかって見えた。ふたりの今日の運命にも見えた。
「こうなったら意地よ」
逆境に燃えるタイプの真昼だった。
正確には十二軒目だったが、ふたりとも何軒まわったか覚えていなかった。もやが晴れて見えた先のコンビニで、完売していないアイスを見つけた。
「アイスがある」
「こんなに。迷うわね」
暑さで意識が朦朧としていたふたりだったが、涼しい店内に入ってアイスを見つけた途端、いきいきとした表情になった。
「真昼はなににするの? チョコ系?」
「今ならここにある全部食べられそうな気がするわ」
「わたしも」
ふたりは無言になって、三十分かけて珠玉のひとつを選んだ。
コンビニの外にはベンチが設置してあった。ちょうど日影に置いてあって、ここならゆっくり食べられそうだということで落ち着いた。本当は学園へ戻ってから食べる計画だったが、寮までおあずけなんて無理! ということでやめた。
「やっと座れたわ」
「お疲れさま。これまでのアイカツの中でもかなり堪えたほうになりそう」
「わたしも。………でもこれ、アイカツなの?」
「うーん。“アイスクリーム活動”、略してアイカツかな」
「おもしろいじゃない!」
ふたりで笑った。それからまた無言になって、アイスをもぐもぐと食べた。
コンビニで涼んだとはいえ、身体の中から冷やしていくのとはまたわけが違う。外は蒸し暑かったが、気持ちよかった。
「真昼のそれ、おいしい?」
「うん、おいしいよ。ひとくち食べる?」
「いいの? 食べる! じゃあ交換こね」
ローラが真昼のを、真昼がローラのアイスを受け取った。真昼が買ったのはフルーツがごろごろ入ったアイスキャンディ、ローラのはバニラとチョコのジェラートだった。
「やっぱりチョコはおいしい。バニラとの組み合わせが最高だわ。今度はこのジェラートにする。他にどんなフレーバーがあった?」
「ストロベリーと抹茶、マンゴーとメロンかな。すっごく迷ったけど、迷ったら定番がいいと思ったわ。おいしいわよね。真昼のこれも、フルーツの食感が楽しい」
「それ、最近CMでよく見るアイスだったから気になってたの。流れてくるたびにゆめがくぎづけになってるのがおもしろくって、わたしも食べたくなっちゃった。みんなにも買って帰ろう」
ひとくちふたくち食べてから、お互いの手に返された。ふたりで他愛ない会話をした。アイカツのことはもちろん、学園で起きたこと、気になっているファッションブランドや化粧品のこと、他のアイドルたちのこと。普段忙しくしているふたりにとって、なんでもないこの時間は貴重なものだった。
「あ」
真昼が突然声を上げた。ローラが真昼を見ると、真昼の目線は手に持ったアイスキャンディの棒に注がれていた。
「どうしたの?」
「あたったわ」
「お腹が痛いの?」
「そっちじゃなくて、ほら」
真昼がローラに見せたのはアイスキャンディの棒だった。真昼の指差したところには“あたり!”と印字されていた。
「あたり棒よ」
「本当だ! あっ」
今度はローラが声を上げた。あたり棒を見てまんまるくした目はそのまま、地面を見ていた。真昼がそちらに目を向けると、ローラのジェラートがカップごとひっくり返って落ちていた。
「あたりにびっくりして落としちゃった………」
「あー」
「まだ半分残ってたのに」
まだまだ涼めると思っていたのが急に終わったから、ローラは忘れていた暑さを思い出してきた。
「ローラ、落ち込むのはまだ早いわ」
真昼が立ち上がってローラの前に立った。
「こういうときのあたり棒よ。交換しにいきましょ。ローラにあげる」
「え、でも」
「ローラがアイスを買おうって誘ってくれてここまで来たんだから、そのお礼よ。ちゃんと受けとってよね」
「真昼………」
ローラにとって、今日の真昼はいつもとひと味違うように見えた。アイスも日差しも美容によくないから遠慮するわ、とか言いそうな気がしていた。ローラはそれを見越して勢い任せに誘ったのだった。肝心のアイスだって、チョコを選ぶと思っていた。気分がそうさせたのかもしれないけど、やっぱり少し冒険してる感じがした。真昼はヒールのないスニーカーを履いていても所作に変化がないから、ローラとは普段よりも身長差がなくなって、ちょっぴり距離が近かった。ほんの些細なことだけど、そういう大胆さの積み重ねが、なんとなくローラをどきどきさせた。
「こういうの初めて見たわ」
「わたしも初めて見た。実在するのね。ゆめに自慢しよう」
「わたしも、写真撮ってお姉ちゃんに送る。ローラも写って。いくわよ」
真昼がアイカツモバイルを手にして、ローラと顔を近づけた。もう一方の手に持っていたあたり棒を、ふたりの顔の近くに寄せた。
「アイ、カツ!」
声を揃えてシャッターを押した。画面には満面の笑顔がおさまっていた。
「いい写りじゃない。あ」
「今度はなに? あっ」
ふたりが向けた視線の先には、ローラが落としたジェラートがあった。ジェラートは、ちいさな蟻たちのごちそうになっていた。
「蟻もアイカツしてる」
そう言ってふたりは笑った。
(20170802)
アイカツスターズ!から、桜庭ローラさんと香澄真昼さんの日常を見たくて